国家
北元
明の北伐に逐われた元の政権に対する後世の呼称
- この境界の期間
- 1368–1691年
- 成立
- 1368年
- 終焉
- 1691年
- 首都
- 上都
- 前身
- 元
概要
北元(ほくげん、拼音: Běiyuán; モンゴル語: Умард Юань)は、第15代ウカアト・カアン(トゴン・テムル)が1368年に明の北伐を逃れて大都(現在の北京)からモンゴル高原に撤退し、中国の漢民族定住農耕地域を失って以後の、元(大元ウルス:モンゴル帝国の皇帝直轄政権)の政権・政体を指す、後世の呼称である。この政権に属する遊牧諸部族を、同時代の『明史』では韃靼(だったん、拼音: dádá)と表記した。柯劭忞の『新元史』は、1388年までは北元が中国の正統王朝であったと見なしている。
記録 (4)
- 1388年 — Battle of Buyur Nor戦い · Ming China ▸ Mongols
- 1409年 — Battle of Kherlen戦い
- 1409年 — Battle of Kerulen戦い · Mongols ▸ Ming China
- 1410年 — Battle of Onon戦い · China ▸ Mongols
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。