国家
オドリュサイ王国
西洋史の古典時代において、今のブルガリアなどを中心としていた王国
- この境界の期間
- 紀元前460年 – 46年
- 成立
- 紀元前460年
- 終焉
- 46年
- 首都
- セウテポリス
- 言語
- トラキア語
- 宗教
- Thracian religion
- 後継
- トラキア属州
概要
オドリュサイ王国(オドリュサイおうこく、古代ギリシア語: Βασίλειον Ὀδρυσῶν; ラテン語: Regnum Odrysium)は、紀元前5世紀から紀元後1世紀にかけてトラキアに存在した、40以上のトラキア人諸部族と、22の王国からなる連合国家。その領域はブルガリアを中心に、ルーマニア南東部(北ドブロジャ)、ギリシャ北部、トルコ領東トラキアにあたる地域まで及んだ。
首都は一つではなく、王は各地を巡回していたと考えられている。例えばオドリュッサ、後のウスクダマ(現エディルネ)に比定されている都市は、その名が刻まれた硬貨が残っている。またコテュス1世が建設したスタロセル、セウテス3世が紀元前315年に建設したセウトポリス、より早期にはヴィゼも首都の一つとされた。王国は紀元前5世紀末から紀元前4世紀末にかけて分裂し、紀元前4世紀末にはカビレも首都の一つとなった。
すべての統治者(2)
- セウテス1世紀元前424–408年
- マイサデス紀元前410–405年
記録 (3)
- 紀元前356–340年 — Thracian campaigns of Philip II遠征
- 紀元前171–168年 — 第三次マケドニア戦争戦争
- 紀元前73–63年 — 第三次ミトリダテス戦争戦争
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。