国家
マントヴァ公国
duchy subject to the Holy Roman Empire
- この境界の期間
- 1530–1797年
- 成立
- 1530年
- 終焉
- 1797年
- 首都
- マントヴァ
- 政治体制
- 世襲君主制, 公国
- 言語
- ロンバルド語, イタリア語, ラテン語
- 前身
- Margravate of Mantua
概要
マントヴァ公国(マントヴァこうこく、伊: Ducato di Mantova)は、中世イタリアにおいて存在した君主国である。首都はマントヴァ。
1433年に、長年マントヴァの僭主(シニョーレ)であったゴンザーガ家が侯爵の地位を獲得して領主となり、フェデリーコ2世が1530年に公爵に昇格したことにより、マントヴァ侯国から公国となった。
1708年にフェルディナンド・カルロ(カルロ3世)が亡くなると、ミラノ公国に編入され、オーストリア・ハプスブルク家領となった。
すべての統治者(2)
- フランチェスコ3世・ゴンザーガ1540–1550年
- フランチェスコ4世・ゴンザーガ1612年
記録 (7)
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。