国家
クディリ王国
former country
- この境界の期間
- 1045–1221年
- 成立
- 1045年
- 終焉
- 1221年
- 首都
- クディリ
- 宗教
- ケジャウェン, ヒンドゥー教
概要
クディリ王国(クディリおうこく、Kerajaan Kediri)、クディリ朝(クディリちょう)は、10世紀初頭まで続いた古マタラム王国以後、13世紀のシンガサリ朝以前にインドネシアのジャワ島東部に繁栄していたヒンドゥー教を奉ずる古代王朝で、広義には、古マタラム王国のダクサ王の子孫とされるイサナ家のムプ=シンドク王(位929年 - 947年)がジャワ東部のスメル山とウィリス山の間のワトゥガル地方に本拠地を移してから、1222年にシンガサリ朝を建てたケン=アンロクによって滅ぼされるまでの時期区分をさし、狭義には、アイルランガ(エルランガ)王(位1019年 - 49年)が自らの王国をジャンガラ王国とパンジャル王国に分割したうち、クディリに都したパンジャル王国をクディリ王国、クディリ朝と呼ぶ。しかし通常日本では、前者の時期区分でクディリ朝の時代を捉えるため、本稿でもそのように扱う。
記録 (3)
- 1292年 — Jayakatwang Rebellion反乱
- 1293年 — モンゴルのジャワ侵攻侵攻
- 1293年 — Battle of Daha戦い
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。