国家
コーカンド・ハン国
中央アジアに存在したイスラム王朝
- この境界の期間
- 1709–1876年
- 成立
- 1709年
- 終焉
- 1876年
- 首都
- コーカンド
- 言語
- ペルシア語
- 前身
- #大ジュズブハラ・ハン国
- 後継
- フェルガナ州
概要
コーカンド・ハン国(ウズベク語 : Qo'qon xonligi)は、18世紀後半から19世紀前半にかけて、フェルガナ盆地を中心に中央アジアに栄えたテュルク系イスラム王朝。現ウズベキスタン領フェルガナ州西部のコーカンド(ホーカンド)を都としてカザフスタン、キルギス、タジキスタンの一部に及ぶ西トルキスタンの東南部に君臨する強国に成長、一時は清朝の支配する東トルキスタンにまで勢力を伸ばしたが、内紛と周辺諸国の圧力から急速に衰え、ロシア帝国に併合されて滅んだ。
ウズベクと称されるジョチ・ウルス系の遊牧民が中心となって建設されたいわゆる「ウズベク3ハン国」のひとつであるが、他の2ハン国と異なり建国時から一貫して君主はチンギス・ハーンの血を引かないミング部族の出身である。
記録 (8)
- 1766–1767年 — Ablai's war against Kokand and Khujand遠征
- 1850–1868年 — Russian-Kokand War戦争
- 1860年 — Battle of Uzunogoch戦い
- 1864年 — Battle of Ican戦い
- 1866年 — Siege of Khujand包囲戦
- 1868年 — Siege of Samarkand戦い
- 1873–1876年 — Kokand rebellion反乱
- 1875年 — Battle of Khokand戦い · Russia ▸ Khokand
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。