国家
イエメン王国
アラビア半島のかつての国家(1918-1970)
- この境界の期間
- 1918–1945年
- 成立
- 1918年
- 終焉
- 1970年
- 首都
- Old City of Taiz, サヌア
- 政治体制
- absolute theocratic monarchy
- 前身
- イエメンのイマーム
- 後継
- 北イエメン
概要
イエメン・ムタワッキリテ王国(アラビア語: المملكة المتوكلية اليمنية, ラテン文字転写: al-Mamlakah al-Mutawakkilīyah al-Yamanīyah)通称イエメン王国は、1918年から1970年までの間、現在のイエメン西部に存在した国家。首都は当初サナアにあり、後にタイズに遷った。
シーア派の一派・ザイード派のイマームが897年にイエメンに拠点を置き、その子孫のラシード家から出るイマームが、時には他の王朝の支配下に置かれながらこの地を統治してきた。1918年10月30日に当時のイマームであったアル=ムワッタキル・ヤヒヤ・ムハンマド・ハミードゥッディーンがオスマン帝国からの独立を宣言し王制を敷いた。厳格的なイスラム教徒だった彼のもと鎖国体制が敷かれ、1926年のイタリアとの国交樹立におけるまで、諸外国と関係を締結することはなかった。 その後は二代目国王アフマド・ビン=ヤヒヤのもと徐々に諸外国との関係を拡大し1958年にアラブ連合共和国との間でアラブ国家連合を構成するが、1961年にシリアが独立したことに伴いアラブ連合共和国が崩壊したため同連合を解消した。
1962年に王制が打倒されて、汎アラブ主義を掲げた新政府イエメン・アラブ共和国が成立した。
なお、王制派はサウジアラビアのジッダに亡命政府を樹立し、イエメン・アラブ共和国政府との間で1970年まで内戦が続いた。
すべての統治者(1)
- ヤヒヤー・ムハンマド・ハミードゥッディーン1918–1948年
記録 (2)
- 1934年 — サウジ・イエメン戦争戦争
- 1934年 — Battle of Hudayda戦い · Saudi Arabia ▸ Yemen
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。