国家

スールー王国

historic sultanate state based on the islands of Sulu, Palawan, and northeastern Borneo

この境界の期間
1405–1915年
成立
1405年
終焉
1915年
首都
マインブン
政治体制
君主制
言語
アラビア語
宗教
スンナ派

概要

スールー王国(スールー・スルタン国、Sultanate of Sulu)は、フィリピン諸島とボルネオ島の間に連なるスールー諸島にかつて存在した国。スルタンを戴くイスラム教国で、1450年代に成立したが、資料によってはその成立時期はより早い。ムスリムの研究者の中には、さらに1世紀前のラジャ・バンダ・アリの時代からスールー王国が存在したと見る者もいる。

ホロ島の都市ホロを都とするスールー王国は、アラビア語を公用語としたほか、マレー語や現地のタウスグ語・バンギギ語・バジャウ語などを使い、中国と東南アジア・西アジアを結ぶ海上交易の一端を担って栄え、最盛期にはスールー海の島の多くを支配した。東はミンダナオ島の西部(サンボアンガ半島)、南はボルネオ島北部(現在のマレーシアのサバ州)、北はパラワン島までその支配は及んだ。スールー諸島やミンダナオ島西部といったかつての支配地域は、現在もムスリムの多く住む地域になっている。

1898年にスールー王国は米領フィリピンに併合された。最後のスールーのスルタンは1936年に没し、以後スルタンは即位していない。1823年から1936年までスルタンを出してきたのは王族のうちキラム家(Kiram)であるが、王国滅亡後は王家の複数の家系がスルタン位を主張しはじめ、現在、スルタン一族の間で継承順位を巡る論争が起きている。

ウィキペディアからの抜粋 · CC BY-SA 4.0

すべての統治者(1)

  1. アブ・バクル (スールー王国)1457–1480年

記録 (6)

  1. 1769–1790年 — Apostate War戦争
  2. 1775年 — Battle of Balambangan Island戦い
  3. 1788年 — Battle of Sembulan戦い
  4. 1903年 — Battle of Lake Seit戦い · United States ▸ Moros
  5. 1906年 — Battle of Bud Dajo戦い
  6. 1913年 — Battle of Mount Talipao戦い · United States ▸ Moro Rebels

情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。

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