国家

大韓帝国

かつて東アジアに存在した君主制帝国

この境界の期間
1897–1910年
成立
1897年
終焉
1910年
首都
漢城府
政治体制
絶対君主制, 立憲君主制
言語
朝鮮語
後継
日本統治時代の朝鮮大韓民国臨時政府

概要

大韓帝国(だいかんていこく、朝鮮語: 대한제국 / 大韓帝國〈テハンジェグク〉)は、1897年(光武元年)から1910年(隆熙4年)の滅亡に至るまで李氏朝鮮が用いた国号である。大韓(だいかん、대한(テハン))、韓国(かんこく、한국(ハングク))とも言った。また、現在の大韓民国(韓国)と区別するため、「旧韓国(きゅうかんこく)」と呼ばれることもある。

日本は日清戦争に勝利したことで、1895年(開国504年)に下関条約で李氏朝鮮を清の冊封体制から離脱させた。それを受けて、清朝との宗属関係も消滅した自主独立国家となったことを内外に示すため、第26代李氏朝鮮王である高宗が皇帝に即位し、あわせて国号を改称した。ただし、専制政治・経済機構は李氏朝鮮時代の状況が続いた。朝鮮半島最後の専制君主国であるが、日露戦争後は日本の保護国となり、1910年8月の韓国併合によって滅亡した。

ウィキペディアからの抜粋 · CC BY-SA 4.0

すべての統治者(2)

  1. 高宗1897–1907年
  2. 純宗1907–1910年

記録 (7)

  1. 1901–1904年 — 大韓帝国による間島出兵侵攻
  2. 1901年 — Belgium-Korea Treaty of 1901条約
  3. 1901年 — Sincheok People's Rebellion反乱
  4. 1902年 — Denmark–Korea Treaty of 1902条約
  5. 1904年 — Battle of Chemulpo戦い · Japan ▸ Russia
  6. 1904年 — Battle of Chongju戦い · Japan ▸ Russia
  7. 1907年 — 南大門の戦い反乱

情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。

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