国家
ジャンムー・カシミール藩王国
former princely state
- この境界の期間
- 1846–1945年
- 成立
- 1846年
- 終焉
- 1947年
- 首都
- シュリーナガル
- 後継
- インド
概要
ジャンムー・カシュミール藩王国(ジャンムー・カシュミールはんおうこく、英語: Princely state of Jammu and Kashmir)またはカシュミールおよびジャンムー(英語: Kashmir and Jammu)はかつて存在した藩王国。1846年から1858年まではイギリス東インド会社と従属同盟関係にあり、1858年以降はイギリス国王の宗主下に置かれた。1947年のインド・パキスタン分離独立以降は中華人民共和国、インド、パキスタンによって領有権が主張されている。藩王国は第一次シク戦争後、シク王国からカシミール渓谷を併合した東インド会社が同地をジャンムー領主グラーブ・シングに75洛叉ルピーで売却して成立した。
インド・パキスタン分離独立およびインドの政治的統合時、ハリ・シング藩王は自国の将来に関して決定を先延ばしにしてきた。しかしながら、隣接する北西辺境州からの襲撃と、それに伴う西部でのパキスタンの支持を受けた反乱によって藩王は決断を迫られた。1947年10月26日、インドを訪れたハリ・シングの要請でインド軍はカシュミールに空挺降下し、パキスタン軍と対峙した。現在アザド・カシミールおよびギルギット・バルティスタンとして知られる西部および北部の地区はパキスタンの占領後同国の管理下に置かれ、残りの領土はインドの管理下にとどまり、後にジャンムー・カシミール州となった。国際連合の仲介下で、インドとパキスタンは支配下の領土を分割する暫定的な停戦ラインを定めたが、現在でも有効なままである。
すべての統治者(1)
- プラタープ・シング1885–1925年
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。