国家
ロードアイランド植民地
北アメリカの旧イギリス領植民地
- この境界の期間
- 1663–1776年
- 成立
- 1663年
- 終焉
- 1776年
- 首都
- プロヴィデンス
- 言語
- 英語
- 前身
- プロヴィデンス・プランテーション群
- 後継
- ロードアイランド州
概要
ロードアイランド植民地(ロードアイランドしょくみんち、英: Colony of Rhode Island and Providence Plantations、ロードアイランド及びプロビデンス・プランテーション植民地)は、1636年から1790年まで、北アメリカ現在のアメリカ合衆国ロードアイランド州の領域に存在したイギリス領植民地である。1636年、神学者、独立した説教師および多言語に堪能であったロジャー・ウィリアムズがナラガンセット族の酋長カノニカスから贈られた土地に設立した。ウィリアムズはマサチューセッツ湾植民地から宗教的迫害を受けて逃げてきた者であり、仲間の開拓者達と「公共の事項」における多数決原則と「良心の自由」を定めた平等主義的憲法で合意を形成した。
1637年、バプテストの指導者アン・ハッチンソンがアクィドネック島を先住民族から購入しポカセット、現在のポーツマスに入植した。ハッチンソンと共に入植した者には、その夫ウィリアム、ウィリアム・コディントンおよびジョン・クラーク等がいた。その他の近在にも逃亡した入植者が続き、開拓地は緩い同盟を作った。しかし、彼らはその独立に対する脅威への反応として、共に1643年にイギリス領植民地としての認知を求めた。ロンドンの革命を呼ぶ長期議会が1644年3月に土地の特許を認めた。植民地人は知事を持つことを拒否したが、選出された「プレジデント」と評議会は設定された。
この植民地は当時として大変進歩的であり、魔女裁判を廃止し、債務による収監や大半の極刑を廃止する法律を成立させ、さらに1652年3月18日、黒人および白人双方の資産としての奴隷制を廃止した。
1651年、ウィリアム・コディントンがイングランドからいわゆるコディントン委託状を設定する別の特許を取得し、コネチカット植民地やマサチューセッツ湾植民地との連邦の中でロードアイランドとコナニカットの諸島の終生知事となった。これに対する抗議、公然たる反乱さらには請願がロンドンのオリバー・クロムウェルに送られ、1653年に当初の特許が回復された。
記録 (3)
- 1675年 — Battle of Great Swamp Fight戦い · Massachussetts, Rhode Island, Mohegan Indians ▸ Narrangasset Indians
- 1676年 — Battle of Mount Hope戦い · Rhode Island ▸ Wampanoag
- 1676年 — Battle of Seekonk戦い · Narrangassett Indians ▸ Rhode Island
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。