国家
ガズナ朝
a Medieval Muslim Turkic dynasty ruling at eastern Iran and northern India (977–1196)
- この境界の期間
- 962–1038年
- 成立
- 962年
- 宗教
- イスラム教, スンナ派
概要
ガズナ朝(ペルシア語: غزنويان, ラテン文字転写: Ġaznaviyān)は、現在のアフガニスタンのガズニーを首都として、アフガニスタンからホラーサーンやインド亜大陸北部の一帯を支配したイスラム王朝(955年 - 1187年)。ガズニー朝ともいう。
ガズナ朝は、王家の出自はテュルク系マムルークが立てたイスラム王朝であるという点において、セルジューク朝や後のオスマン朝のように部族的な結合を保ったままイスラム世界に入った勢力が立てたテュルク系イスラム王朝とは性質が異なり、むしろアッバース朝の地方政権であったトゥールーン朝などに近い。また、その言語、文化、文学、習慣はペルシャのものだったことから実質的にはイラン系の王朝とする見方もある。
その歴史上における重要性は特にインドへの侵入にあり、イスラム政権としては初めてとなるガズナ朝の本格的なインドへの進出は、以後のインドのイスラム化の契機となった。
記録 (3)
- 1009年 — Battle of Chach戦い
- 1017年 — Battle of Hazarasp戦い · Mahmud of Ghazni ▸ Khwarezm Rebels
- 1038年 — Battle of Nishapur戦い
情報源:Wikidata(CC0)、HCED(CC0)、Cliopatria(CC BY 4.0)。概要はWikipedia(CC BY-SA 4.0)からの抜粋です。